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レコレコ「コラムと書評」

recoreco no.1. 2002.06.

橋本努(北海道大学大学院経済学研究科助教授・経済思想)

 

 

ミニコラム(600字)

「ニューヨークの書評事情」

 私のニューヨーク滞在もそろそろ終わりに近づいてきたが、二年間の滞在で得た書籍の情報といえばそれほど多くない。マンハッタンには本屋が少なく、古本屋もパッとしない。一部のすぐれた本屋を見つけはしたが、洋書出版の多さと比べればどれも小さく感じられる。ここ10年に普及したインターネットのおかげで、都市の書籍環境は大きく変容した。およそ書籍との出会いは、マンハッタンでは運の問題となり、短期間で情報を集めるには適した場所ではなくなったように思う。

しかし他方でニューヨークでは、「書評環境」が充実している。知的・文化的にリードしている各種の月刊誌は、紙面の約四分の一から三分の一を書評に当てており、また「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」という雑誌は、書評を中心にした左派系文化人のエスタブリッシュメントとして、ある種の高級な文化ブランドとして講読されている。さらに新聞ニューヨーク・タイムズの日曜版は、毎回約17冊の新刊に対して、日本語では約3,000字に相当する長い書評を掲載した「ブック・レビュー」という冊子を付録にしている。あるいはアメリカ全体では、週末にはC-SPAN2というTVチャンネルが、著者の新刊記念講演とそれに基づく質疑応答を、一時間単位で二日間休みなく流し続けている。つまりTV番組によって著者と読者の対話が公開されているわけである。こうしたアメリカの知識文化から、私たちはまだまだ学ぶべきことがありそうだ。

 

 

 

書評七点

[1]

The Global Activist’s Manual: Local Ways to Change the World

Edited by Mike Prokosch and Laura Raymond

Thunder’s Mouth Press/ Nation Books, New York, 2002.

 1999年にアメリカのシアトルで起きたグローバリズム対抗運動は、社会運動の歴史を大きく塗り替えた。新たな社会運動は、従来のような自由貿易反対という意味での「反グローバリズム」ではありえない。むしろ、世界的に展開する巨大企業、例えばナイキやギャップなどに対する世界規模での政治的・文化的な対抗運動として、それ自体がグローバルな広がりを見せている。社会民主主義や共産主義の理念に代えて、ラディカル・デモクラシーやアナーキズムや世界市民といった理念に基づく世界的連帯が生まれつつある。それはまた「抑圧者たちの祭典空間」として、大量のエネルギーが放出される場を提供してもいる。本書は、そうしたグローバリズム対抗運動を草の根から展開するための実践的なマニュアルであり、グローバル経済の暗部を考える上できわめて示唆的だ。

 

1.満足度 4

2.本のリンク  (推薦)荒岱介『破天荒伝』

3.読書キーワード (人名)チェ・ゲバラ(グローバルな社会運動家たちは、マルクス主義ではなく軍事的ダンディズムを理想としているようだ。)

 

 

 

 

[2]

『金融迷走の10年 危機はなぜ防げなかったのか』

日本経済新聞社編、日本経済新聞社(日経ビジネス人文庫)2002年

 新聞記者の取材メモをもとに構成された「失われた10年」の金融物語。当事者たちの生々しい発言から読み取れるのは、窮地に立たされた金融マンたちの怯えた声であり、また責任を問い正す人々の倫理的な力である。野村証券の大口顧客補てん問題、住専処理問題、大蔵省スキャンダル、日債銀問題、拓銀破綻、長銀処理、等々、バブル崩壊後のデフレ不況下で起きた金融問題は、構造的な問題を先送りにして経営規範を倫理的に問いただすという、すぐれて人間臭い物語を繰り広げた。金融改革とは、制度のみならず経営体の改革でもあった。とりわけ、経営文化の相容れない諸銀行を急激に統合していくという90年代後半の「再編・統合」過程は、新保守主義のいう慣習や経営文化を捨ててまで市場に生き残ろうとする、きわめてラディカルな動きであることが分かる。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  (類似)日本経済新聞社編『検証バブル 犯意なき過ち』

3.読書キーワード 山一証券自主廃業(1997年、山一証券倒産に際して記者会見した野沢正平社長の泣きじゃくった表情は、今も忘れられない。「私らが悪いので、社員は悪くありません。社員が再就職できるようにお願いします。」)

 

 

 

 

[3]

Fast Food Nation: The Dark Side of the All-American Meal

Eric Schlosser

Perennial/ HarperCollins Publisher, New York, 2001, 2002(paperback).

 ここ30年間で20倍に成長したファスト・フード産業。現在アメリカ人は、高等教育よりもファスト・フードにお金をかけているという。毎日4分の1の大人がファスト・フードを食べており、マクドナルドの新規店舗は、世界で毎年2,000店という規模で広がっている。他方、ファスト・フード店で働く労働者の賃金は、1973年以来下がりつづけており、3,500万人にのぼるその労働者のほとんどは最低賃金労働者である。さらにその生産・調理過程では危険な化学薬品が使用されており、狂牛病との関係も疑われている。いったいアメリカでは、なぜファスト・フードに多大な資本が投入され、消費者教育にはまともな投資がなされないのか。ファスト・フード産業を通じて社会の暗部が見えてくる。アメリカ食生活の貧困を鮮やかに抉り出したベストセラー。

 

1.満足度 4

2.本のリンク (類似)ベンジャミン・バーバー『ジハード対マックワールド』

3.読書キーワード マクドナルド(アメリカ人もグローバリズムの影響から、ようやく自分たちの食生活の貧困を問題化しはじめた。)

 

 

 

 

[4]

『ソロスの資本主義改革論 オープンソサエティを求めて』

ジョージ・ソロス著、山田侑平・藤井清美訳

日本経済新聞社、2001年

 グローバル資本主義がもたらす破滅的な猛威を飼いならすことはいかにして可能か。世界的なファンド・マネージャーであり慈善活動家としても有名なソロスは、市場原理主義に代わる「オープンソサエティ同盟」の政治構想を提示する。法的制度の整備されていない国際市場の機能不全、WTOや世界銀行の政治的偏向性、国連やアメリカの政治的機能不全などを鋭く指摘しつつ、開かれた民主主義世界を求めて具体的な政策・制度案を提示する。とりわけ国際金融政策として、途上国に政治改革と経済政策のための「アメとムチ」政策を積極的に行ない、当該国を積極的に開いていくべきだとするソロスの思想は興味深い。本書は約一年前に出版された『グローバル資本主義の危機』の大幅改訂版であり、理論・歴史・政策においてソロス思想の全貌を知ることができる。

 

1.満足度 4

2.本のリンク (ネタ)ポパー『開かれた社会とその敵』

3.読書キーワード LTCM(投資会社ロング・ターム・キャピタル・マネジメントの倒産は、リスク管理に関するソロス思想の正しさを例証する。)

 

 

 

[5]

The No-Nonesense Guide to Globalization

Wayne Ellwood

Verso/ New Internationalist Publications, UK, 2001

 カナダの哲学者がグローバリズムの諸問題をわかりやすく解説した概説書。貧困と支配、ブレトンウッズ体制、債務国問題、多国籍企業、カジノ資本主義、環境問題などについて概説し、グローバル経済を「再設計」するためのアジェンダを提示する。例えばIMFを改造して、途上国の市民社会形成を支援するための政治経済機構とすること。ケインズの構想に立ち返って、世界的な金融当局を創設すること。短期資金にはトービン税を課して投機を抑制すること。世界的な投資資金の移動に対しては地球環境基準を課して、環境破壊的な事業を防ぐこと。投資家・投機家に対しては、民主主義と持続可能な発展をもたらすための政治的責任を課していくこと、等々。こうしたアジェンダを訴えるべく、本書は実証データを豊富に用いてグローバル経済のコンパクト地図を提供する。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  (類似)Kevin Danaher, 10 Reasons to Abolish the IMF and World Bank

3.読書キーワード (人名)トービン(ノーベル経済学者トービンの課税案は、はたして市民理論の武器となるだろうか。)

 

 

 

 

[6]

No Logo

Naomi Klein

Picador USA, New York, 2000, 2002(paperback)

 ナイキ、ギャップ、シェル、ウォルマート、マイクロソフト。90年代以降の新たなブランド構築戦略は、その背後にさまざまな社会問題を隠蔽しつつ成功した。労働条件、環境破壊、政治工作、ライフ・スタイルへの画一的影響力など、グローバルに展開する企業の害悪に対して透徹な批判の目を向けた本書は、反コーポレート企業運動の『資本論』と呼ばれる世界的ベストセラー。企業主導の教育や福祉への取り組みは、公共空間を私的利害によって侵食してしまう。ブランドのロゴに惑わされず、世界市民として生きるために今何をすべきか。ブランド構築ゲームとその内幕を知ることで、市民として社会を生きるための自覚が生まれてくる。いっそう洗練されていくブランド(ロゴ)構築に対して、よりいっそう鋭い文化批判の矢を向けたジャーナリズムの力作。

 

1.満足度 3

2.本のリンク (類似)スーザン・ソンタグ『反解釈』

3.読書キーワード  ナイキ(リーボックとの広告競争に勝ったナイキは、いまやスポーツの理念そのものを売っている。)

 

 

 

[7]

Empire

Michael Hardt and Antonio Negri

Harvard University Press, Cambridge, Massachusetts/ London, England, 2000, 2001(paperback)

 「グローバリズム対抗運動のバイブル」と呼ばれる本書は、生成しつつある新たな反体制運動の存在理由とその方向性を明確に示した現代の古典。「生権力」を発動させる現代世界の覇権メカニズムを鮮やかに描き出し、フーコーやドゥルーズ=ガタリの知見を国際政治の歴史・政策論へと応用する。抑圧された労働者たちを「大衆」や「民衆」としてではなく「多様な民(マルチテュード)」として捉え、社会民主主義や共産主義の理想を捨てて共和主義の理念を掲げる。さらにポスト・モダン以降の超現実的情報空間を利用した世界的規模の対抗権力運動を企て、ハイブリッドなアイデンティティーをもった現代遊牧民たちの理想社会を詩的に構想する。アメリカにおいて9月11日のテロ事件以降のベストセラーとなった本書は、軍事的に危険な匂いの漂う刺激的な思想書だ。

 

1.満足度 5

2.本のリンク  (ネタ)ネグリ『構成的権力』

3.読書キーワード (人名)スピノザ(新たな反体制運動は、スピノザ的近代(すなわち超越に対する内在化の力)の徹底として企てられている。)